日本の淡水魚を訪ねて ~魚と川を「よむ」~
関西学院高等部3年 富永浩史
僕は日本の淡水魚にとても興味があり、地元である芦屋市の芦屋川や、毎年夏休みに祖母の住む京都府宇治市に帰省した時に、宇治川周辺で魚の採集をしている。採集しながら魚の生息する環境を観察し、自分の考えたことを採集記録ノートや紀行文として記している。今年はこの自分の世界が、ある先生との出会いにより大きく広められることとなった。
『川と魚の博物誌』、2年ほど前に偶然本屋で見つけたこの本は、美しい写真にひかれて即買ってしまったのだが、僕の淡水魚に対する興味をより大きくしてくれた。この本で初めて知った地域変異という概念は、近年、とても重要視されている。地域変異とは、現在は同じ種類とされている淡水魚でも、生息している地域によって形態・性質・遺伝的に異なっているということである。このことから、ある地域に生息するある種の魚は、その地域特有のものであり、他の地域の同種と互換性のない、貴重なものであるという考え方が広まってきている。
渡辺昌和先生は『川と魚の博物誌』の著者であり、東京の京華中学・高等学校で生物の教師をされつつ、淡水魚の地域変異と日本の河川の多様性に興味を持ち、日本全国の淡水魚の生息地を訪れて採集・飼育・撮影を続けておられる方である。3年ほどお付き合いをしている淡水魚関係の方のご好意から、渡辺先生のセミナーを知り、去年の5月、そのセミナーに参加することになった。セミナーはとても興味深い内容ばかりであった。そして、セミナー終了後に先生と個人的にお話させてもらいに行き、住所とメールアドレスを教えていただいたのである。これが、全ての始まりとなった。
これまで、宇治市や芦屋川以外では魚を採集したことがなく、購入した魚を飼育することがほとんどだった。そして、今年の2月に渡辺先生より、関東地方の魚を見せてあげるから採集した魚を送ると連絡があり、キンブナやアカヒレタビラなど関東に棲む淡水魚がたくさん送られてきた。とてもうれしかったのだが、去年、宇治川でカネヒラを初めて採集した喜びと、渡辺先生の本やセミナーで感じた魚の生息環境の素晴らしさから、今の自分のスタイルは間違っていると感じ始めていた。その魚の棲む環境を実際に見てみなければならない、見てみたいという思いが強くなっていったのである。その頃、青春18きっぷの存在を知り、「よし、今年の春休みにはこれを使って遠くまで魚を見に行くぞ!」と決心する。そこで、まずは送られてきた魚の故郷である関東地方に行くことを決め、そのことを先生に伝えると、なんと先生が案内して下さるという。「やったー!これほどありがたいことはない!」。先生とメールをやり取りし、3月21日に行くことに決定した。そして、この関東遠征を皮切りに、各地へ淡水魚に会いに行く旅が始まったのである。これから、僕が出会った、特に印象的だった水辺の風景と魚たちについて、話していきたいと思う。
関東遠征では、関西と関東の魚類相の違いと、関東の水辺が抱える問題点を実感することができた。3月20日、夜行快速列車に乗って東京を目指し、21日早朝に東京に到着したあと、先生の待つ埼玉県へと向かう。駅のロータリーで、先生と“採集特別仕様車”が僕を迎えてくれた。最初のポイントに着くなり、ウェーダーを履いて川に入る。先生は熟練した技術でウグイやアブラハヤ、ジュズカケハゼ、シマドジョウなどを次々と捕まえていった。ウグイやアブラハヤ、ジュズカケハゼは京阪神間ではほとんど見かけない魚で、シマドジョウは関西のものより小型で模様が違っている。砂礫底で浅く、地元ではオイカワが群れていそうな川なのだが、やはり魚類相が異なるのだ。ある小河川は、護岸はされているものの抽水植物が多く主に礫底であり、芦屋川で見慣れたカワムツB型がたくさん見られた。元々、カワムツB型は関東には生息しないが、アユなどの放流によって分布を広めており、同じような例が他種・他地域でも多く確認されている。これらは国内移入種と呼ばれ、同種であれば交雑により地域の固有性を失ってしまい、異種であっても在来種の生息環境を奪う可能性が高い。先生によると、カワムツB型が入り込むと在来のウグイやアブラハヤが減少する傾向があるそうで、国内であっても、魚の移殖による問題が起こっているのである。関東遠征で見た魚の中で、最もインパクトがあったのはアカヒレタビラだった。アカヒレタビラは、太平洋側では関東以北に生息するタナゴの仲間で、3月頃からちょうど産卵期を迎えており、網に入ったアカヒレタビラは思わずため息が出るほどの美しい婚姻色を呈していた。特徴である真っ赤なひれ、体はグリーンに輝き、触るのも怖いくらいだ。この素晴らしい色彩は、野外で捕まえた直後にだけ見ることができる、採集した者だけの特権である。
岡山県には4月に2回、5月に2回、10月に1回の計5回訪れ、様々な環境に棲む、多くの淡水魚たちに出会うことができた。岡山県の風景はのどかで緑が多く、心和むふるさとのようなイメージを抱かせてくれる(僕にはふるさとの実体験がないのだが、そんな気がするのだ)。金網の中に石を詰めた蛇籠と呼ばれるもので護岸された、田んぼの中の川は泥色に濁っている。川底の泥を掘り返すように追い込むと、中からスジシマドジョウ小型種山陽型が姿を現した。この魚は山陽地方のみに分布し、周囲に適した環境がないとすぐに姿を消してしまうという。常に水底にいて、餌も水底で探し、よく砂や泥に潜るため、底質はもっとも重要な生息条件の一つである。泥というと汚いイメージがあるかもしれないが、魚が豊富な場所の泥と、ヘドロは全くの別物だ。優しく包み込むようなやわらかい泥なのである。デリケートなスジシマドジョウ小型種山陽型が、岡山県のある場所では、ちょっとした小さな川やごく普通の溝にもいることには驚いた。不思議な川もあった。遠くから見た目では川が人工的に曲げられていて、土手はコンクリート護岸され、川は浅く平坦になりがちである。「こりゃだめだろう」と思いつつも、川に入ってみると、水草が良く茂っており、小さいながら瀬と淵が存在してたくさんの魚が泳ぎまわっている。川の中に砂がたまって何箇所も砂洲ができており、水際ぎりぎりまで植物が茂っている。それと、水草が川全体に良く茂っていることから、長い間大規模な増水がなく安定していて、作られた砂洲によって流れに変化がおき、わずかながらも瀬と淵が形成されて環境に変化が出ていると推測できた。人の手がかなり入っているのに関わらず、なんとかして環境を作り出す川と、それに適応していく魚たちに感心した。また、岡山県には用水路が多い。残念ながらコンクリート3面張りのものがほとんどだが、用水路の壁面に板が階段状に取り付けてあるのを良く目にする。これは、人が用水路を積極的に利用している証拠だ。水が豊富で流れの緩い用水路であれば、ほとんどの場所でメダカの学校を目にすることができた。砂が溜まり水草が生えていると、タナゴなどが群泳する様子も見ることができる。淡水魚の棲む原風景を見た気がする……岡山県はそんな淡水魚の宝庫だった。
8月10日~12日には、今年も京都府宇治市を訪れた。毎年、コウライモロコを釣る宇治川のポイントで竿を出してみるが、今年はオオクチバスの数が多いようだった。幼魚がたくさん釣れてくる。岸近くでバスが魚を食べているのを初めて見た。モロコの尾が口から出て小刻みに動いていて、すぐそばで、横取りしようとしているのかもう1匹が様子をうかがっている。突然魚が跳ねたかと思うと、後からバスの影が追っていた。去年カネヒラを捕まえたたまりに行ってみると、そこは富栄養化したような水で濁り、仕掛けを投入すると、ブルーギルが5秒で1匹釣れる状態で、オオクチバスも混じりながら20分ほどで30匹以上釣り上げた。このたまりは、本流とつながっているため、同じ魚がずっとそこにいるとは限らないが、あまりにバスとギルが多いと思った。この2種は外来肉食魚であり、日本とは違った生態系に適応してきた魚であるため、日本の生態系に与える影響が大きい。魚に罪はないが、本来はいてはいけない魚として駆除せざるを得ない。1年のうち数日で判断はできないが、宇治川の環境が悪化してきている気がした。堤防をコンクリートで固めるような工事も行なわれている。しかしながら、コウライモロコや、釣ってはいないがカネヒラも目視で確認し、宇治川から水を引いている用水路では、カマツカ・トウヨシノボリなどの幼魚という毎年のメンバーが確認できた。魚は根強く生き続けている。来年も宇治川の様子を観察し続けたいと思う。
遠征ばかり続いていたので、身近ながら訪れたことのなかった兵庫県内の川にも採集に行ってみる。この川には6月8日に初めて訪れ、その時と比べて何か変化があるかを確かめるべく、8月20日にはクラスの友達と2人で魚採りに出かけた。前回と景観はほとんど変わっていないものの、魚影がとても濃い。夏になって活発に魚が動いているのか、前回の確認魚種が7種だったのに対し、今回は16種(在来種は14種)もの魚を確認できた。2人で採集したのと、やや範囲を変更したのも影響していると思うが、川を覗いた時も明らかに魚の数が違い、季節ごとに観察してみるのは意義があると思った。かなり多く自然が残っている場所であり、比較的近いことから、今後、定期的な観察の対象にしていこうと思っている。そして、友達と2人で、小学生の頃に戻ったように、純粋に魚採りを楽しめたのもとてもよかった。思い出に残る1日だった。
渡辺先生からお誘いがあり、今度は信越地方へ行く計画を立てていた。夏休み最後のビッグイベントである。8月28日、寝台列車に乗って新潟県の長岡に向かう。29日の朝、長岡駅に到着し駅のロータリーに出ると、また、先生とあの“採集特別仕様車”が迎えてくれた。新潟県の清流では、親子でヤスや叉手網を使って魚取りをしている光景が印象に残っている。カジカやアユカケなどが見られる、とても透明度の高い美しい川であった。このような川が工事などで壊されずに、親子が、子どもたちが魚採りをしている光景とともに、残って欲しいと願う。山形県の山中のため池では、不思議な体験をした。岸沿いの「えぐれ」にいる魚を追い込むため、池の中に入ってみると、水面付近と深い部分では全く温度が違うのが、ウェーダー越しにもはっきりと分った。夏なので水面付近はぬるく、深い部分は驚くほど冷たい。ため池は、夏は水がぬるくなる印象があったのだが、実は水面付近だけで、上層が熱くなり過ぎても、魚たちは冷たい深みで悠々と生活しているのだ。ビジネスホテルで1泊し、寝る前に渡辺先生と明日の計画を立て、それから先生は、各地に採集に行かれた時のエピソードや、「これは、話すとちょっとまずいのでは……」ということまで語って下さった。とても有意義であっという間に時間が過ぎていった。翌30日、学校に行く時とは比べられないほどの素早い起床と支度をして、すぐに採集に出かける。今度は長野県方面へ向かう。とても印象的だったのが、日本最長の川、信濃川水系の雄大な景色だった。支流魚野川にある簗場に連れて行ってもらった。山々の緑の間を雄大な清流が走る、絶景のパノラマを横目に、簗場で捕れた大アユに舌鼓を打つ。味は言うまでもなかった。そして、簗を見学させてもらいに行くと、これまた大きなアユが水面と共にきらきらと輝いていた。
ここに書いたことは、僕が体験してきたこと、考えたことのほんの一部である。まだまだ書き足りない。渡辺先生との出会いがあり、関東遠征をきっかけに僕は一気に行動的になり、様々な場所を訪れ、様々な発見をすることができた。現地を訪れ、現地を体感することで分かってくることは想像以上である。それは、川に入っているときだけでなく、目的地へ向かう電車の車窓、地図で想像力を膨らませて、「ここには何がいるだろう?」とうきうきしながらポイントへ向かって歩く時に、目に入ってくる景色やまわりの様子……すべてが貴重な体験であった。たくさん本を読み、勉強し、たくさんのことを吸収するのは重要なことである。しかし、今回の体験はこういった方法で身に付けた知識とは到底比べられないほど、リアリティーに富み、五感に訴えて体に浸透してくるようなものだった。
僕にとっては、その場所を訪れた「1回目」は全てのスタートであり、これから季節ごとに、または時間が経過した後に繰り返しその場所を訪れることで、現地へ行く価値がどんどん高まっていくと考えている。季節の変化で魚種や魚影に変化はあるか、川の環境に変化はあるか、もしくは工事などで環境がどう変えられ、それがどう魚に影響したか……など。これらを継続的に観察して初めて、魚と水辺の環境の「ほんと」の部分が見えてくるのではと思う。先生には、まさにそのことを身をもって教わった。また、生息地を訪れた時、目的の魚がたくさんいた場合でも、ほとんど見ることができなかった場合にも、それはそれで、ある魚が「いる環境」、「いない環境」を見たという点で、非常に重要だと先生はおっしゃる。とにかく「行ってみる」ことが大切なのだ。
淡水魚の棲むそれぞれの地域の風景は、とても印象に残るものである。「こんな風景があるんだぁ」と感動することがとても多い。同じ日本でも少し移動すれば、その地域の文化・風習や地形・気候条件で風景は変わってくるし、それは淡水魚にも影響を与えている。風景は淡水魚を探しに行く時の大きな魅力の一つである。
また、淡水魚を飼育する時、水槽を泳いでいる魚の生息地の風景が思い浮かぶことは、その魚に対する思い入れを特別に深いものにした。売られている魚とは比較できないほど、野外で見る魚は生き生きとし、美しい。僕は、魚を購入することを否定はしない。観賞魚店などで魚たちに出会うこともあるだろう。しかし、自分の足で野外へ出かけて魚たちと出会ってこそ、魚たちの本当の姿を知ることができると思う。特に、日本の淡水魚ではちょっと川に出かけてみるだけで出会える種類も多い。日本の淡水魚に興味を持ったなら、これまで紹介してきたような、野外でしか体験できない魅力を味わって欲しい。
そして、出会った魚たちを飼育してみることは、新たな発見の始まりである。水槽の中でも、自分で工夫を凝らしながら飼育していくことで、より良く魚を観察することができ、うまくいけば次の世代を残そうとする姿も見ることができる。水槽という自然界とは比べ物にならないほど小さく狭い世界でも、身近に魚たちの生き様を感じることができるのである。こうして魚に関心を持つことで、僕は環境問題にも関心持つようになった。川に入っているとゴミや水の汚染などを実感させられ、普段からどこか川を通るたび、その様子を気にするようになった。関心を持って魚について調べているうちに、ダムや河川工事、外来種問題なども意識するようになった。関心は魚とその周辺環境にとどまらない。魚も水があるだけでは生きていけない。周りの環境、他の生物などとの直接的・間接的な関係の中で生きている。同様に、環境問題もそれぞれが独立してあるのではなく、つながっている。魚を通して新たに学んだことは数知れない。僕には、淡水魚に興味を持たなければ、知らないままでいるだろうなと思うことがたくさんある。
今回の様々な体験は、人々との出会い、協力、自分の置かれた条件など、どこかが欠けてしまっていたら、できなかったことだ。渡辺先生との出会いはもちろんのこと、セミナーの存在を教えて下さった方、家族や友達の協力、そして僕が関学の高3でなかったら、このようにあちこちへ出かけて、魚たちに会いに行くことはできなかったに違いない。全ての偶然の中に自分がいることを幸せに思う。そして、感謝の気持ちを忘れない。
「様々な場所を訪れた」といったが、日本はまだまだ広い。訪れてみたい場所、もう一度訪れたい場所がたくさんある。より多くの場所を、より多くの回数訪れることで、日本の淡水魚についてより深く知り、より深く考え、自分の淡水魚に対する関心・考え方を、実体験を伴った本物にしていきたい。その道のりはまだ始まったばかりであり、これから、どのような体験が僕を待っているのか、心躍らされる思いである。