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デンマーク語訳クリスチャン四世聖書[聖書の一部を掲載]
書名 | Biblia : det er, Den gantske Hellige Scrifft, paa Danske igien offuerseet oc prentet effter vor allernaadigste Herris oc Kongis K. Christian den IV ... |
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出版地 | Kiøbenhaffn |
出版年 | 1633 |
配架場所 | 上ケ原貴重図書 |
請求記号 | 220:692 |
ドイツでの宗教改革の影響をうけてデンマークでも宗教改革が断行され(1536年)、その精神的象徴としてデンマーク語訳の教会用大型聖書の刊行が続いた。最初のデンマーク語大型聖書は『クリスチャン三世聖書』(1550年)で、これはルター訳ドイツ語聖書からのデンマーク語訳であったが、その流麗な文体は、元来が日常の話し言葉でしかなかったデンマーク語を格調高い書き言葉へと仕上げていく上で、画期的な貢献を果たした。それだけに、この後も版型を変えて幾度も再発行され、1928年には原初の大型版による復刻版も出ている。したがってオリジナルな初版本でなければ、入手が比較的に容易である。
これに続く『フレゼリク二世聖書』(1589年)は、クリスチャン三世聖書を旧新約聖書の原文(ヘブライ語とギリシア語)と照合させて校訂されたものである。その後クリスチャン四世の時代になって、聖書の需要が増し、新たな刊行が望まれた。国王クリスチャン四世は、ルーテル主義のキリスト教を国教とする政策の強化のためにも聖書刊行に意欲を示し、神学教授たちの意見を容れて、ルター訳ドイツ語聖書に準拠した先行する二つの聖書(クリスチャン三世聖書・フレゼリク二世聖書)を改訂する方向で、デンマークでは三番目となる教会用大型聖書を刊行した。これが『クリスチャン四世聖書』である。
これは、デンマークで初めて創設された王立出版局の手で、当時の技術を駆使して印刷された美しい刊行物で、銅版画による国王のポートレートのほかに、聖書物語を描く銅版画3枚・木版画64枚が本文の中に挿入された。二ツ折版による教会用大型聖書としては、デンマークにおいて最後の刊行物となった。
本学図書館が所蔵する『クリスチャン四世聖書』は1633年刊のオリジナルな原物(当時の発行部数は2000部)で、350余年前の出版物でありながら、全体としては保存状態が良好である。本書は、デンマークにおける聖書翻訳史を知る上で、また当時のデンマーク語の形態あるいは印刷技術およびその背景にある文化事情などを学ぶ上で、すこぶる貴重である。
当書の刊行を勅令したクリスチャン四世は、デンマークの歴史の中で最も名高い国王で、外交・国内政治・教育・文化・建築等に活躍して大きな足跡を残した。王の名を冠した地名(たとえばコペンハーゲンのクリスチャン地区)や建物がしばしば見られ、王と関係する各地にその銅像が立ち、またデンマークの旧国歌の一節には王の雄姿が賛えられて歌われるなど、デンマーク国民に広く親しまれている。中でも古都ヒレオズのフレゼリクスボアー城(現・デンマーク歴史博物館)は、王がこの上なく愛した場所で、ここでは多くの遺品類と共に、王の文化的業績を伝える一つとして『クリスチャン四世聖書』が展示されている。この地はデンマーク観光のメッカでもあって各国からの観光客がひしめき、日本人の観光ツアーも次々と訪れてはこの展示物を目にしている。けれどもそこで見ているものと同一版の聖書が日本の一大学に所蔵されているなど、誰が思いうかべるだろうか。
『クリスチャン四世聖書』は、デンマーク史で最も名高い王の面影とその時代を今に偲ばせる記念物でもある。