経済思想家の手稿と自筆書簡

[Draft of a letter to Thomas Newenham]

T. R. マルサスの書簡

この書簡は、マルサスの署名はなく、また宛先および発信地・発信年月日は不明であるが、「マルサスの娘 エミリー・プリングル(Emily Pringle) によってマルサスの手稿であることが証明された」との添え書きが付されている書簡下書きである。彼女はマルサスの長女であり、1806年7月5日に生まれ、プリングル(J.Watson Pringle) と結婚、1885年に死亡した。この書簡によれば、マルサスは、アイルランドの救貧法に関するパンフレットが送られたことを感謝し、同パンフレットの主張は正しいと伝え、彼の意見に賛意を示した。その上で、「アイルランドに救貧法を導入することは非常に危険な試みとなるであろう」と指摘している。また、この書簡下書きの宛先を特定化するヒントの一つは、この書簡にあるパンフレット “your pamphlet on Poor Laws in Ireland”という記述である。ところで1808年と09年に、マルサスはEdinburgh Reviewに2編の書評を書いている。それが A Statistical and Historical Inquiry into the Progress and Magnitude of the Population of Ireland (1805) と A View of the Natural, Political and Commercial circumstances of Ireland (1808)への書評であり、その筆者はニューアナム(Thomas Newenham, 1762-1831)である。この書評の内容を考慮すると、この書簡の下書きが、おそらくニューアナム宛のものであると推定できよう。この推定が正しく、パンフレット贈呈が出版間もないことを前提とすると、この書簡の日付は、1805年となるであろう。ニューアナムは、コーク生まれで、1796年から1800年までエール南部のクロンメル(Clonmel)選出の下院議員でイングランドのアイルランド併合に反対した。 アイルランドでの救貧法の導入については、18世紀よりその導入が議論され、実際の導入が1838年のことであったことを考えると、ニューアナムのパンフレットやマルサスの同パンフレットへの書評、そしてこの書簡の下書きはその議論のまっただ中に書かれたことになる。
注 井上琢智「T.R.マルサス(1766-1834)の自筆書簡下書き」『時計台』No.80,April 2010

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